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樋脇コミュニティ協議会

樋脇地区コミュニティ協議会
〒895-1202 薩摩川内市樋脇町塔之原3567番地1
TEL:0996-37-2090

樋脇地区からのお知らせ

樋脇地区コミュニティ協議会便り

樋脇地区コミュニティ概要


(上段左から:樋脇グラウンドゴルフ場、めだかの水路、丸山登山道入口)
(中段左から:樋脇小学校校庭のイチョウの木、春の丸山、秋の丸山入口)
(下段左から:厳島神社跡、ドローンで見る丸山、丸山登山道入口案内板作成)

地区の歩み・概要

樋脇地区は鹿児島県の北西部、薩摩川内市のほぼ中央に位置し、東は入来地域、西は川内地域、南は市比野地区、北は倉野地区に隣接しています。東シナ海にそそぐ川内川の支流樋脇川の流れに沿って開けた平野で、沖積層がよく発達し水田に利用され、周囲は広いシラス台地で茶畑が多く、水稲、イチゴ、レイシ、畜産等の農業が主産業となっています。

樋脇地区と市比野地区のほぼ中ほどには、お椀を伏せたような半円の美しい丸山があり、樋脇のシンボル的存在として住民に親しまれています。

地区内には、薩摩川内市樋脇支所、樋脇公民館、樋脇小学校、樋脇中学校、商工会、郵便局、丸山自然公園(多目的グラウンド、天然芝コート、人工芝サッカー場)樋脇人工芝競技場樋脇グラウンド・ゴルフ場などがあります。

また、田苑酒造、岡野エレクトロニクス等の企業もあり、樋脇地区の中心地としてその役割を担っています。公営住宅の整備に加え、平成12年に温泉付き分譲地田代定住促進団地(田代ニュータウン:94区画)の整備を行い、住環境の整備も図られています。


当地区はホッケーが有名ですが、昭和25年樋脇高校が新制普通高校となり、斬新なスポーツを取り入れ新制高校の誇りと新進気鋭の精神を養うために、ホッケーを正課に取り入れたのが始まりです。
以後、樋脇高校のホッケー部の活躍が地区住民に浸透し、20年余の年月を経て地区の小学生、中学生、高校生、一般、家庭婦人など幅広い層で親しまれるスポーツとなり、全国的にも有名になりました。
しかし、ホッケー振興の起爆剤となった樋脇高校は少子化による高校再編計画の中で平成21年3月末で閉校となり、川薩清修館高校が設立されました。


これまで、樋脇地区は5つの区に分け、平成2年に塔之原4区公民館(現西集会所)、平成3年に塔之原1区公民館(令和元年閉館)、平成4年に塔之原3区(現東集会所)・5区公民館、平成8年に塔之原2区公民館(南集会所)といった活動拠点を整備し、活動を行ってきました。
平成16年に薩摩川内市が誕生し、小学校区を範囲とした地区コミュニティ協議会という新たな組織体制で運営することになり、平成17年に樋脇地区コミュニティ協議会が設立し、「自然や文化を大切にし、きれいで住みよい誰もが安心して暮らせるまちづくり」を目指して新たにスタートしました。


平成26年度には「ふるさと樋脇再発見事業」を計画し、文化財、史跡などの先人の遺産を後世に伝えるために冊子「ふるさとひわき塔之原」を発行、その後、令和元年度には内容を見直し改訂版を発行しました。また散策しながら文化財や史跡を巡る「ぶらり散策ひわき」は毎年、子供から大人まで大勢の参加者で賑わっており、樋脇中学校生徒のボランティアガイドも案内をしています。
令和元年度には「丸山フェニックスプロジェクト」を立ち上げ、丸山を再び住民が楽しめる山に甦らそうと整備を始めました。遊歩道、展望台と整備し、数年後には観光資源としても活用できる丸山へと躍進を続けています。
                                
1.人 口:男 1,263人・女 1,369人 合計2,632人(1,334世帯)【令和4年2月1日現在】
2.教育関係:樋脇小学校、樋脇中学校
3.消防団:樋脇中央分団(塔之原部・河内部)、樋脇北分団(岩下部)
4.地区の資源
多くの人々が憩うことができる丸山自然公園
全国でも数少ないホッケー専用の人工芝コート
歴史情緒あふれる文化財や史跡
県内外から多くの人が訪れる樋脇グラウンド・ゴルフ場
 
5.史跡
塔之原殿墓(村子田)
三島の仁王像(三島)
快慶入定の石室(上之原)
樋脇城跡(城内)
前田城跡(金貝)
祢礼北の六地蔵塔(祢礼北)
霧島若宮神社の宝塔残欠(上之原)
田の神像(祢地山本庵)
瑠璃光寺跡石塔群(三島)
玉淵寺跡遺跡(本庵)
馬頭観音像(田代)
0996-25-6210

薩摩川内市 市民活動センター

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